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豊臣秀吉死因

豊臣秀吉は多指症だった?その死因は?




歴史上の人物として有名な一人に豊臣秀吉がいます。

今日はそんな彼についての面白い雑学をいくつか紹介します。

豊臣秀吉には指が6本あったのをご存知でしょうか。多指症といわれる先天性の形状の異常を抱えていたそうです。 その証拠として宣教師のルイスフロイスが記した書物の中にその話が登場しています。 また、長年同僚であり盟友でもあった前田利家も記録を残しています。







無類の女好きとして知られた彼ですが、こんなエピソードがのこっています。戦国時代、実は戦争中は奥さんを戦場に連れていくことができませんので、殆どの戦国武将は男性をお相手として用いていました。 織田信長でいうところの森蘭丸や武田信玄でいうところの高坂弾正がそれにあたります。


しかし豊臣秀吉はかわいらしい男性を見つけると、妹がいないかをまず確かめ戦争ののちその妹を見つけたそうです。 それだけ女性が好きであったという雑学です。


その豊臣秀吉ですが、亡くなった原因は白米を食べたことによるものでした。


これは、秀頼の亡くなった原因が脚気による症状と酷似していることからきています。 現代の医学から推測すると脚気が原因なのは間違いはありません。現存する史料によると秀吉は、精神錯乱を起こしたり、 失禁にも気づかないというような症状を抱えて亡くなったと記されています。



その症状ですが、実はまさに脚気の症状ですね。


現代ではあまり脚気というものは聞かないのですが、 実はビタミンBの欠乏により発症することが分かっています。 このビタミンBは玄米には多く含まれるのですが、 白米にしてしまうと全くビタミンBというものが無くなってしまいます。


当時の方の多くはビタミンBを玄米から摂取していました。


しかし秀吉は、玄米を食べる必要もないくらい出世しました。 そういった理由から、秀吉は白米を食べることにより亡くなったと言われています。


農民をしていたままでしたら、脚気にはかからなかったかもしれませんね。



     



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