映画「椿三十郎」で作品のキーアイテムになる真っ赤な椿は実は造花です。しかも赤ではなく黒い墨汁を塗っています。 これがフィルムで映すと鮮やかな赤の色をモノクロ化したように見えるのです。 モノクロ映画と呼ばれる白と黒の濃淡で描かれた白黒映画の場合、雨や自然物、小物をフィルムの中に魅力的に映し出すためには、ただ現物を置いて映しただけでは上手くゆかず、様々な細工が不可欠です。 |
この墨汁を使うやり方は色々な表現に用いられています。 例えば映画「羅生門」で冒頭の豪雨の場面は、そのまま雨を降らせただけではフィルムに映らないので、墨汁を水に溶かして色を付けることで映ることを可能にさせたり、日光が差す地面に映える草の影は、草そのものに墨汁を塗ってコントラストを強調させて見せるなどです。 撮影監督の宮川一夫さんは、1985年に書かれた自著「キャメラマン一代」の中や、90年代にNHKが彼を題材に制作したドキュメンタリーの中で、墨汁を使った様々な表現方法を明かしてくれています。 |
もう一つ、自然物を鮮やかに見せる方法を紹介します。 それは『舞い上がる火の粉』です。 例えば、映画「炎上」で燃え上がる建物の場面が物語の終盤にあるのですが、ただ火の粉を映しただけではフィルムに映らないので、金粉を大量に使って、それを建物のミニチュアを燃やした時に火の粉として舞い上がらせ、撮影スピードを調節して燃え上がる建物の情景を表現しています。 |
このような表現は、日本映画だけではありません。海外でも同じです。 映画監督のフランソワ・トリュフォーが著して日本では1990年に発売された「定本 映画術」の中では、『毒入りかもしれないミルク』を白黒で表現する方法が書かれています。アルフレッド・ヒッチコック監督の映画「断崖」で用いられた方法なのですが、なんとミルクを入れるグラスに豆電球を仕込んで内部から光らせることで『毒入りかもしれないミルク』を妖しく表現しているのです。 このように、白黒映画の場合、その何気ない表現が意外な方法で作られているのです。 |