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藤原道長

藤原道長は現代病に悩まされていた!?




平安時代の貴族の中で頂点を極めたのが藤原道長です。

藤原道長が活躍したのは、966年~1027年です。関白太政大臣という最高の位に就いて政治の権力を掌中におさめた歴史上の人物です。


藤原道長は 「この世をば わが世とぞ思う もち月の かけたることも なしと思えば」と詠んだ事でも有名ですね。







この詩の意味を現代風に訳すと「うはっ!この世の中って全部俺のもんじゃね?何もかも思いの通りじゃん!マジで満月みたいに満ち足りてるわ!世の中楽勝!」という感じでしょうか。何と傲慢な詩なのでしょう。


しかし詩の通りに平安時代に藤原道長は相当な栄華を誇っていたのは事実です。


この藤原道長ですが、実は体調不良に悩まされていたということをご存知でしょうか。
藤原道長は1027年、道長が晩年になると権力がありながらも、体が思い通りにならなかったそうです。実は糖尿病や白内障、心臓病にかかってしまい、眼も体調も相当に悪く、本当に辛がっていたそうですよ。


平安時代の公務員ともいえる貴族。その労働時間はかなり短かったとも言われています。朝は早くて4時くらいには起きて職場へ向かいますが、何と昼位には仕事が終わって帰宅。あとは日が沈むまでダラダラ好きな事をして生活していたそうです。


現代のサラリーマンからすると何ともうらやましいお話ですが、この生活習慣の為に当時の貴族たちは慢性的な運動不足で病気になりやすい環境だったのです。


道長の死に様は壮絶でした。


死去の一年前に病気がかなり進行しており、最後はひたすら神仏に縋り、壮大な寺院を建立し、大勢の僧侶を集めて読経、加持祈祷の限りを尽くしたそうです。最期は、極楽浄土へと祈願する読経の中、息を引き取ったと伝えられています。



     



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