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歌舞伎

歌舞伎の始まり、出雲阿国とは?




日本の伝統芸能「歌舞伎」

世界でも有名な歌舞伎ですが、あまり中身はよく知らないという方は案外多いんじゃないかと思います。日本を代表する伝統芸能です。外国人に歌舞伎って何かを聞かれてすっと答えられたら素敵ですよね。

ここでは歌舞伎のことを分かりやすくご説明します。







歌舞伎は重要無形文化財に指定されている日本固有の演劇です。名前の由来は、「傾く」(かたむく)の古語にあたる「傾く」(かぶく)から来ています。歌舞伎はもともと女性が演じていたので「歌舞姫」「歌舞妃」「歌舞妓」などと書かれていました。


歌舞伎にはジャンルによって種類が分かれています。江戸時代以前の武士や貴族を題材にした時代物、江戸時代の民衆の風俗を演じる「世話物」、日本舞踊の元になったと言われる「舞踊」、明治から戦前に作られた「新歌舞伎」、戦後以降に作られた「新作歌舞伎」などがあります。


歌舞伎の元祖は「お国」(出雲阿国)です。「出雲阿国」は有名なのでご存知の方も多いと思いますが1600年頃に実在した女性の名前です。お国の履歴は不確かなところが多いのですが、元亀3年(1572年)生まれとされています。


もとは出雲大社の巫女さんで、それが京、大阪(当時は大坂)に出て「かぶき踊り」という芸を披露して人気を集めたというのが定説となっています。 今の歌舞伎と違って当時の歌舞伎はどちらかと言うとパフォーマンスに近いものだったと言われています。



なにしろ男装して、茶屋遊びをする粋人を演じ踊ったというのですから、奇抜なパフォーマンスです。 京都では御所で演じ、四条河原ではまさにストリートパフォーマンスをしたのです。これが1603年。この年が歌舞伎の起源とされています。


その後、江戸へ出てなんと江戸城でも勧進歌舞伎を催したといいます。1607年といいますから江戸開幕からまもないころです。 1610年代くらいでその消息が絶えてしまいますので、いつどこで没したのかはわかっていません。


余談ですが、その年代はシェイクスピアの時代とぴたりと一致しています。つまりお国とシェイクスピアは同世代なのです。シェイクスピアが生まれたのは1564年ですから少しお兄さんになります。ですがお国の生年はあいまいなので、二人が「同い年」だった、という可能性もあるのです。


またシェイクスピアの没年が1616年なので、お国の消息が絶えたころとちょうど同じです。 当時、もし今のように日本とイギリスが自由に行き来できていたら、きっと二人は同じ演劇人として交流していたかも知れないと思うと面白いですね。


市川団十郎がパリ・オペラ座で「勧進帳」を上演したように、お国がロンドンの劇場でかぶき踊りを披露したかもしれないのです。 ちなみに、シェイクスピアの時代は西洋でも女性の役を男性が「女形」で演じていました。ただし現在も女形が残っているのは、世界中で日本だけです。



     



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