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とおりゃんせ歌詞

童謡「とおりゃんせ」のナゾ




動揺「とおりゃんせ」の歌詞の意味 童謡の詩の意外な舞台としては、「春の小川」が比較的よく知られていると思います。


「春の小川はさらさらいくよ」(原詩は「さらさら流る」)というのどかな風景描写から、郊外の里山というイメージがありますが、実際は東京の渋谷近辺を流れる渋谷川の支流・河骨川の景色を描いたもの。代々木八幡の近くに歌碑が建てられています。


わらべうた発祥の地」の石碑が立っています。







「春の小川はさらさらいくよ」は大正時代に作られた歌ですから、作者や歌の背景に関する資料がきちんと残っているわけです。


さて、ご紹介したいのが「とおりゃんせ」。こちらはもっと古く誕生した歌ですので、「春の小川」ほど正確な情報ではありませんが、川越を舞台に生まれた歌というのが有力な説のようです。


川越の人気観光スポット、川越城本丸跡。そのすぐ隣にある「三芳野神社」が歌の舞台といわれています。歌詞にあるとおり、天神様が祀られています。鳥居から社へ向かう道が「天神様の細道」


「ちょっと通してくださいな、御用のないもの通しゃせぬ」。なぜ神社の参道を通るのに、おうかがいを立てなければならないのか、「通しゃせぬ」と断られてしまうのか。それは当時、この神社が川越城の城内にあって、参詣するには、城の南大手門から入らねばならなかったからです。


いちおう参詣は許されていたものの、当然いつでも気軽にというわけにはいきませんでした。特に帰路は、密偵がまぎれこむことを恐れて厳しい取り調べがされたといいます。それが「行きはよいよい、帰りはこわい」という詩になっているわけです。


こどものころは深く考えずに歌っていた童謡には、改めて見てみると不思議な歌詞のものが多くあります。



     



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